「生物多様性国家戦略2012-2020」では,日本の生物多様性の危機を次の4つの危機として整理しています。
第1の危機:開発など人間活動による危機
第2の危機:自然に対する働きかけの縮小による危機
第3の危機:人間により持ち込まれたものによる危機
第4の危機:地球環境の変化による危機
第1の危機:開発など人間活動による危機
第1の危機は,開発や乱獲など人が引き起こす,負の影響要因による生物多様性への影響です。沿岸域の埋立てなどの開発や森林の他用途への転用などの土地利用の変化は,多くの生物にとって生息・生育環境の破壊と悪化をもたらし,鑑賞用や商業的利用による個体の乱獲,盗掘,過剰な採取など直接的な生物の採取は個体数の減少をもたらしました。中でも,干潟や湿地などはその多くが開発によって失われました。また,河川の直線化・固定化やダム・堰などの整備,経済性や効率性を優先した農地や水路の整備は,野生動植物の生息・生育環境を劣化させ,生物多様性に大きな影響を与えました。
第1の危機の背景には,戦後の高度経済成長期を含む 50 年間に見られた急激な経済活動があります。実質 GDP(国内総生産)は,1955 年に 48 兆円であったものが,1995 年には 481 兆円と 10 倍以上に拡大し,例えば,工業統計における製造品出荷額は,1960 年~1995 年の 35 年間に約 20 倍,建設投資額(建築投資と土木投資を含む。)は,30 倍以上増加しました。また,土地利用面積の変化でみると,1960 年代から 2000 年代にかけて宅地も含めた都市が約 2 倍に拡大しています。
現在は,こうした急激な開発は収まりつつあるものの,新たな開発は続いており,それら土地利用の転換によって一度失われた生物多様性は,容易に取り戻すことはできません。
このような第1の危機に対しては,対象の特性,重要性に応じて,人間活動に伴う影響を適切に回避,または低減するという対応が必要であり,原生的な自然が開発などによって失われないよう保全を強化するとともに,自然生態系を大きく改変するおそれのある行為についてはその行為が本当に必要なものか,災害防止など生活の安全確保や社会状況を考慮しつつ,十分検討することが重要です。さらに,既に消失,劣化した生態系については,科学的な知見に基づいてその再生を積極的に進めることが必要です。
第2の危機:自然に対する働きかけの縮小による危機
第2の危機は,第1の危機とは逆に,自然に対する人間の働きかけが縮小撤退することによる影響です。
里地里山の薪炭林や農用林などの里山林,採草地などの二次草原は,人の手が加えられることで,その環境に特有の多様な生物を育んできました。また,氾濫原など自然の攪乱を受けてきた地域が減り,人の手が加えられた地域はその代わりとなる生息・生育地としての位置づけもあったと考えられます。しかし,産業構造や資源利用の変化と,人口減少や高齢化による活力の低下に伴い,里地里山では,自然に対する働きかけが縮小することによる危機が継続・拡大しています。
例えば,薪炭林では伐採による更新や,下草刈り,落ち葉かきなど定期的な管理が行われることで,カタクリやギフチョウなど明るい林床を好む動植物が生息・生育できますが,管理がされなくなると森林の遷移等が進んで林床が暗くなり,動植物相が変化していきます。
また,人工林についても林業の採算性の低下,林業生産活動の停滞から,間伐などの森林整備が十分に行われないことで,森林の持つ水源涵養,土砂流出防止などの機能や生物の生息・生育環境としての質の低下が懸念されます。
さらに,放置された里山がニホンジカ,ニホンザル,イノシシなどの中・大型哺乳類獣にとって好ましい環境となることや,狩猟者の減少に伴い狩猟圧が低下したことにより,これらの中・大型哺乳類が増加し分布域が拡大することで,農林業被害や生態系への影響が発生しているほか,人身事故の要因にもなっています。
特に戦後から 1970 年代にかけて,エネルギー源が石油などの化石燃料にシフトし,薪炭が利用されなくなるとともに,化学肥料の生産量が急激に増加するなど,農村地域における薪やたい肥などの生物由来の資源の利用が低下し,里山林や野草地との関わりが希薄になりました。その結果,人為的な管理により維持されてきた里山林や野草地の放棄が急激に進みました。竹林については,タケノコ,建材,農機具,さまざまな竹細工に利用されるなど,古くから日本人の生活に密接に結びついていましたが,安いタケノコの輸入やプラスチックによる代替などにより利用が低下し,西日本を中心に各地で著しい拡大が見られます。
わが国の総人口は今後減少していくものと予測されており,特に都市から離れた中山間地域,奥山周辺では,3割から5割程度が無居住地化すると予測されていることから,里地里山と人との関わりがこれまで以上に減少するおそれがあります。
このような第2の危機に対しては,現在の社会経済状況のもとで,対象地域の自然的・社会的特性に応じた,より効果的な保全・管理手法の検討を行うとともに,地域住民以外の多様な主体の連携による保全活用の仕組みづくりを進めていく必要があります。
第3の危機:人間により持ち込まれたものによる危機
第3の危機は,外来種や化学物質など,人間が近代的な生活を送るようになったことにより持ち込まれたものによる危機です。
まず,外来種については,野生生物の本来の移動能力を越えて,人為によって意図的・非意図的に国外や国内の他の地域から導入された生物が,地域固有の生物相や生態系を改変し,大きな脅威となっています。また,家畜やペットが野外に定着して生態系に影響を与えている例もあります。特に,他の地域と隔てられた島などの生態系では,外来種による影響を強く受けます。こうした外来種の問題については,外来生物法に基づき特定外来生物等の規制がされていますが,既に国内に定着した外来種の防除には多大な時間と労力が必要となります。よって,①侵入の予防,②侵入の初期段階での発見と迅速な対応,③定着した外来種の長期的な防除や封じ込め管理の各段階に応じた対策を強化する必要があります。また,わが国から非意図的に運ばれた生物が海外で外来種として問題となっている場合もあり,こうした影響についても留意が必要です。
化学物質については,20 世紀に入って急速に開発・普及が進み,現在,生態系が多くの化学物質に長期間ばく露されるという状況が生じています。化学物質の利用は人間生活に大きな利便性をもたらしてきた一方で,中には生物への有害性を有するとともに環境中に広く存在するものがあり,そのような化学物質の生態系への影響が指摘されています。
例えば,農薬や化学肥料については,1950 年代から 1970 年代にかけて急速に利用が拡大しましたが,こうした中で,不適切な農薬・肥料の使用は生物多様性に対して大きな影響を与えてきた要因の一つと考えられます。1990 年代以降は農薬全体の製造量は低下し,農薬の安全性も高まってきているものの,生物多様性に与える影響については未だに懸念されています。農薬等の化学物質が生態系に影響を与える仕組みについては,多くのものがいまだ明らかになっていません。
このため,野生生物の変化やその前兆をとらえる努力を積極的に行うとともに,化学物質による生態系への影響について適切にリスク評価を行い,これを踏まえリスク管理を行うことが必要です。
生物多様性を脅かす外来種
京都市の生物多様性を脅かす要因のひとつに,人によって持ち込まれた外来種の増加が挙げられます。ペットや資材として持ち込まれ飼育されていた生きものは,野外に放たれたり,逃げ出したあと,多くは環境に適応できずに死んでしまいますが,一部は環境に適応して爆発的にその数を増やし,元々元々そこに棲んでいた生きものの住処を奪ったり,直接食べることで絶滅させたりしてしまいます。
また,ペットのほかにも河川改修で持ち込まれる土砂に混じって持ち込まれたり,河川の堤防の法面を緑化する際にネズミ麦やシナダレスズメガヤなどの外来種の種が使われたりしていることでも,外来種を広げてしまっています。
外来種被害予防3原則!
- 入れない
悪影響を及ぼすおそれのある外来種を自然分布域から非分布域へ「入れない」 - 捨てない(逃がさない・放さない・逸出させないことを含む)
飼養・栽培している外来種を適切に管理し「捨てない」 - 拡げない(増やさないことを含む)
既に野外にいる外来種を他地域に「拡げない」
外来種のうち,特に生態系や元々棲んでいた生きものへの影響が大きいものについては,「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」で「特定外来生物」として指定されています。
特定外来生物とは?
外来生物(海外起源の外来種)であって,生態系,人の生命・身体,農林水産業へ被害を及ぼすもの,又は及ぼすおそれがあるものの中から指定されます。
特定外来生物は,生きているものに限られ,個体だけではなく,卵,種子,器官なども含まれます。
特定外来生物にはどんな規制が?
- 飼育,栽培,保管及び運搬(以下「飼養等」という。)することが原則禁止されます。
※研究目的などで,逃げ出さないように適正に管理する施設を持っているなど,特別な場合には許可されます。 - 輸入することが原則禁止されます。
※飼養等をする許可を受けている者は,輸入することができます。 - 野外へ放つ,植える及びまくことが原則禁止されます。
※放出等をする許可を受けている者は,野外へ放つ,植える及びまくことができます。 - 許可を受けて飼養等する者が,飼養等する許可を持っていない者に対して譲渡し,引渡しなどをすることが禁止されます。販売することも禁止されます。
- 許可を受けて飼養等する場合,特定外来生物ごとにあらかじめ定められた「特定飼養等施設」内のみでしか飼養等できません。
アレチウリ ボタンウキクサ オオクチバス
ブルーギル アライグマ ヌートリア
アメリカザリガニ ミシシッピアカミミガメ
第4の危機:地球環境の変化による危機
第4の危機は,地球温暖化など地球環境の変化による生物多様性への影響です。地球温暖化のほか,強い台風の頻度が増すことや降水量の変化などの気候変動,海洋の一次生産の減少及び酸性化などの地球環境の変化は,生物多様性に深刻な影響を与える可能性があり,その影響は完全に避けることはできないと考えられています。
地球温暖化が進むことにより,地球上の多く動植物の絶滅のリスクが高まる可能性が高いと予測されており,わが国においても,さまざまな生物の分布のほか,植物の開花や結実の時期,昆虫の発生時期などの生物季節に変化が生じると考えられます。こうした分布や生物季節の変化の速度は種や分類群によって異なるため,捕食,昆虫による送受粉,鳥による種子散布など生物間の相互関係に狂いが生じる可能性が高くなります。
また,気温の上昇による直接的な影響のほか,強い台風の頻度が増すことにより,森林やサンゴ礁の攪乱が大規模化する可能性が高いと予測されています。こうした変化をそれぞれの生物が許容できない場合,「その場所での進化」,「生息できる場所への移動」のいずれかの対応ができなければ,「絶滅」することになります。地球環境の変化が進行した場合,日本の生物や生態系にどのような影響が生じるかの予測は科学的知見の蓄積が十分ではありませんが,島,沿岸,亜高山,高山地帯など,環境変化に対して弱い地域を中心に,深刻な影響が生じることは避けられないと考えられています。
さらに,地球環境の変化は食料の生産適地の変化,害虫等の発生量の増加や発生地域・発生時期の変化,感染症媒介生物の分布域の拡大など,生物多様性の変化を通じて人間生活や社会経済へも大きな影響を及ぼすことが予測されています。
こうした第4の危機に対しては,地球環境の変化による生物多様性への影響の把握に努めるとともに,生物多様性の観点からも,地球環境の変化の緩和と影響への適応策を検討していくことが必要です。