京生き物ミュージアム

京都水族館の生息域外保全の取組

 平成26(2014)年10月31日
 関慎太郎(京都水族館 展示飼育部 課長)

生物多様性とは

 皆さんは「生物多様性」という言葉をご存知ですか?

 私たち人間が地球上で生きていけるのは,様々な動物や植物たちが暮らしているおかげなのです。例えば,昨晩の食事を思い出してみてください。ご飯に野菜,肉や魚など元々は全ていきものでした。地球に暮らすいきものたちはお互いに助け合い繋がりあって,それぞれの役目を果たしています。このようにたくさんの種類のいきものがいて,繋がりあっていることを「生物多様性」と言います。私たちは生物多様性から様々な恵みを受けて微妙なバランスの上に生きています。このバランスを保つためには,一つの種類が欠けることも許されないのです。
 しかし,人間は利便性を求めるがゆえに開発などによってこの多様ないきものから構成される自然環境を壊してきました。これに伴って絶滅に瀕するいきものの種類が急速に増えていることは事実です。生物多様性を守ることは,人間だけを守るものではなく,この地球上に暮らす全てのいきものを守ることなのです。これからどのように生物多様性と付き合っていくか,皆さんで様々ないきものについて調べてみたり,色んな場所を訪れることにより考えてみましょう。

動物園・水族館の役割

 国際的な視野に立ち,野生生物などを保護するためにできた動物園や水族館の集まりである,公益社団法人日本動物園水族館協会は,下記のとおり4つの大きな役割を明記して活動を行っています。これを京都水族館も支持し,この団体に加入しています。

1.種の保存
 動物園や水族館では,世界中の珍しいいきものをたくさん見ることができます。この珍しいいきもの(数が少なくなっているいきもの)を守って,次の世代に伝え残してくことが責務だと考えています。数が少なくなり絶滅しそうないきものたちを生息地以外(動物園・水族館)でも暮らしていける場を与える(生息域外保全)ための箱舟的な役割も果たしています。 

2.教育・環境教育
 実際のいきものの生きている姿を目にすることによって,図鑑から得ることのできないいきものの動きを五感を使って体験できることが動物園水族館の大きな特徴です。また,いきものに接することによって生じてくる疑問を解決してくれる手がかりも与えてくれます。
 また,飼育スタッフがいきものの解説を行ってくれたり野外に出て観察会を開いたりしてくれる施設もあります。いきものの専門家からの話を通して,そのいきものの生態に興味を持ってもらい,環境教育にも結び付けたいと考えています。

3.調査・研究
 最近あちこちでいきものが減っているという言葉をよく耳にします。人間の生活を優先に物事を考えてしまった結果です。動物園や水族館で飼育するいきものたちも入手が困難になってきました。動物園や水族館で以前は普通に見られたいきものたちが入手困難で見られない状況になってきています。そこで,動物園や水族館では野生のいきものを新しく捕まえてくるのではなく,飼育しているいきものを増やそうと努力しています。飼育スタッフはいきものの生態を学び調査・研究を進めてきました。実際の生息環境を訪れ適正な飼育環境を作り上げて,繁殖にもチャレンジしています。

4.レクリエーション
 動物園や水族館は皆さんに心地良い時間を提供しています。そして楽しい時間を過ごしながら,「生命の尊さ」「躍動力」「美しさ」などを感じ取ってもらえるレクリエーションの場を提供しています。


館外での観察会の様子(京のいきもの探検隊)

京都水族館の域外保全の取組

 京都水族館の開業が梅小路公園の一角に決まった当初,川魚を展示する計画はありませんでした。しかし,開業が近付くにつれ地元の方より京都の淡水魚の展示は無いのか?という声が数多く聞こえてきました。声が大きくなるに連れていよいよ会社が動きました。京都の淡水魚を展示しよう!必ずしもメインにならなくても地元のいきものを展示することによって水族館に京都らしさが加わり,目に付きにくい小さないきものに対する価値観が変わることによって少なからず反響があるはずだと。急遽カラフルな熱帯魚を展示する予定だった2つの水槽を鴨川にすむいきものと由良川にすむいきものに変更しました。展示水槽を作るにあたり,生息環境を熟知するため何度も生息地に足を運び,細かなディテールにまでこだわるよう心がけました。魚を主に飼育するスタッフには植物の育成など初体験であったため,試行錯誤が繰り返されました。その甲斐あってかようやく植物が根付いてきたと胸をなでおろしています。併せて行ったのが飼育生物の選定と導入計画です。やるからには京都市を中心とした地元のいきものは特別な許可を得ても,飼育スタッフが採集したいと関係機関に働きかけました。野外から採集するのであればこれらを展示することだけで終わらせるのではなく,繁殖を試み継代飼育することを目標にすると予め計画しました。淡水魚の飼育経験が乏しい飼育スタッフに対して,同属の東アジアにすむ淡水魚で,京都にすむ淡水魚とよく似た繁殖生態を持つ魚や形態が似通っている種で繁殖実験を試みることにより自分達に自信をつけてから京都固有の種の導入に至りました。その結果,開館当初から2014年8月末までで54種約6,200点の繁殖に成功しています。この繁殖技術は日本の動物園や水族館では驚異的な成果で,京都の淡水魚を保護・増殖する,展示するという意気込みの強さが全面的に現れた結果となっています。
 淡水魚の繁殖の技術は年々向上していますがその技術をどのように活かすかが今後の課題として挙げられています。せっかくの繁殖技術を継代飼育だけで終わらせるのではなく,我々の最終目標として掲げる野生復帰が可能になるまでこの技術を継承することが今後の課題となっています。


京都水族館で繁殖に成功した京都府登録天然記念物のオヤニラミ稚魚


京都水族館で国内で初めて繁殖に成功したトミヨ属汽水型


京都府の淡水魚類レッドリストで絶滅寸前種とするイチモンジタナゴ

京の生きもの・文化協働再生プロジェクト認定制度への参加

 淡水魚では,京都にゆかりのある多くの生物を導入し,繁殖も概ね軌道に乗ってきました。次に私たちが注目したのは植物です。京都水族館に足を運んでいただいたお客様には馴染みの深い場所である「京の里山ゾーン」。水族館の出口付近に田んぼから始まる里山の原風景を再現しました。この場所も何も無い場所をスタートとし,一から作り上げた場所の一つでありますが,この場所は日々進化をしている場所で同じ様な風景は二度と見れないつくりになっています。様々ないきものが飛んできたり土から意外な植物が顔を覗かせたりと日々飽きない場所の一つです。導入に関して厳しい検査がある田んぼの土も京都市内から導入するなど人目に付かない場所までこだわっています。飼育スタッフが誰も作り上げたことが無かったお米をコンクリートの何も無い場所から作り上げたり,そこに京野菜も植えてみたりと一年を通して京都を意識してきたため見応えがあります。これらは全て,地元の方の協力を得ることにより成し得た結果です。前述したように,生物多様性には動物だけではなく植物も重要な一員であることを印象付けることができ,飼育スタッフ自らも体感できた場所です。当初この屋外施設で生息域外保全が上手くいけば野生復帰にグンと近付けるのではと筋道を立てたのですがやはり自然は思わぬ落とし穴があり,外来生物の侵入や藻類の異常繁茂など想定外のことが多く見られ,容易く上手くいかないことが手に取れるように分かりました。
 京都には数多くの文化とともに親しまれてきた植物が市民の手によって保全されてきています。特にフタバアオイやチマキザサは伝統的な祭事である葵祭や祇園祭にはなくてはいけない植物です。京都市の京の生きもの・文化協働再生プロジェクト認定制度は,生物多様性を配慮した取組を目指す京都水族館には持ってこいのプロジェクトです。京都にゆかりのある植物を導入し,最適な環境を再現することによって多くの来館者に見てもらえることが何よりですが,プロジェクトではさらに生育後の資源利用も併せて検討することができ,人とのネットワークや生息域内保全との関係も強められています。このため,京都水族館内ではより有効的な生息域外保全を遂行できるはずです。専門家の意見を併せて聞くことによって,より一層生物多様性の保全を目指し,ノアの箱舟的な空間を演出することが可能になります。この活動を通して京都の伝統文化と生きものとの関わり,果ては生物多様性の意味を理解するきっかけになれば,これらの取組がより活きてくるのではないかと考えています。今後より多くの方に理解を求めていけるような取組を京都水族館をあげて目指し,みなさんが京都の自然の学びの場として活用していただける場所となればと考えています。


田植えから2か月後の「京の里山ゾーン」

稲刈り後の「京の里山ゾーン」


二毛作を行い京野菜を育てる「京の里山ゾーン」

筆者

 関慎太郎(せき しんたろう)

 1972年兵庫県神戸市生まれ。琵琶湖博物館で11年間飼育員をし,その後フリーカメラマンとなる。
京都水族館のオープンに合わせ入社。京の川ゾーン,山紫水明ゾーン,京の里山ゾーンを手掛ける。専門は日本産の両生類・爬虫類・淡水魚を捕まえること(笑)。
これまでに30冊以上の出版物がある。近著では「日本の淡水性エビ・カニ」(誠文堂新光社)「うまれたよ!オタマジャクシ、ザリガニ、カナヘビ」(すべて 岩崎書店)「田んぼの生きもの400」(文一総合出版)など多数。