京生き物ミュージアム

動物園における生物多様性保全

 平成26(2014)年10月31日
 田中 正之(京都市動物園 生き物・学び・研究センター長)

 現代の動物園には,生物多様性の保全のために果たすべき重要な役割がいくつかある。その第一は,野生環境において絶滅の危機に瀕している生物種を,動物園という生息域の外で,飼育・繁殖させ,種として保存する役割だ。動物園には,この地球に生息する多種多様な動物が飼育されている。特に大型動物ほど,生息環境の破壊が進み,絶滅の危険性は高い。

種の保存センターとしての動物園

 大型動物は動物園でも人気の動物だ。ジャイアントパンダを例に挙げなくても,トラやライオン,ヒョウなどの大型のネコ科の肉食動物,ゴリラやチンパンジー,オランウータンといった大型類人猿,アジアゾウやアフリカゾウなど,動物園で会えると期待する動物の多くが野生では絶滅危惧種である。動物園は,そんな貴重な動物を預かっている。現代の動物園は,現在飼育している動物たちを貴重な資源として,近親交配を避け,可能ならば亜種間の交配も避けながら,遺伝的多様性を保ちつつ,繁殖をおこなって種を保存していく責任を負っている。このようなことは,一つの園でできることではない。国内の動物園と協力しながら,飼育頭数がごく少ない種の場合には国際的な連携をとりながら,種の保存に取り組まなければならない。たとえば日本では,公益社団法人日本動物園水族館協会に,専門委員会やワーキング・グループが設けられ,特に重点的に加盟する動物園や水族館が相互に協力することになっている。

教育機関としての動物園

  この役割と同時に,動物園には,多種多様な野生動物を展示するという役割も担っている。動物園で展示をする相手は,一般の市民であり,幼小中高の子どもたちである。動物園に行けば,自分たちの国とは異なる環境に生きる動物に会うことができる。そう考えれば,動物園が特別な空間だということがわかるだろう。多くの人たちは,アフリカのサバンナや東南アジアの熱帯雨林に行って,そこに暮らす動物を見ることはないだろうが,動物園に来れば同じ動物に会うことができるのだ。動物園は「自然への窓」だと言われる所以だ。

 自らを自然への窓と称するには,動物園は正しいものを展示する責任を持つ。かつての動物園にはよく見られた,同じ区画の金網で囲まれた檻に分類群ごとに陳列するという形の展示は,動物園の施設が改修されるごとに姿を消しつつある。最近の展示のコンセプトの傾向は,動物とその動物が生きる環境も展示することで,ただ珍しい動物を見世物するのではない,環境教育の場としての動物園の役割を果たそうとしている。

生まれ変わる京都市動物園

 京都市動物園は1903年の開園以来,東京の恩賜上野動物園に次いで日本で2番目に長い歴史をもつ動物園である。現在,京都市動物園は開園以来初めての全面リニューアル工事を行っている。2009年に策定された「共汗でつくる新『京都市動物園構想』」に基づいて,動物園を6つのゾーンに分けて,順次リニューアルを続けており,来年2015年度に完成予定である。本稿では,その中の「サルワールド」ゾーンに今年の4月27日にオープンした「ゴリラのおうち~樹林のすみか~」について紹介したい。
 この施設のコンセプトは,「樹の上にいるゴリラ」。当時当園のゴリラ飼育担当だった長尾充徳が,アフリカのガボン共和国,ムカラバ・ドゥドゥ国立公園を訪れて見た,野生ゴリラの姿を再現しようとしている。ゴリラはその巨体から,ついつい地上をのっしのっしと歩いている姿をイメージしてしまうが,実際に行ったガボンの森では,ゴリラは20m以上もある樹上にいることがほとんどだったそうだ。採食も休息も,子どもの遊びも樹上でおこなっていたという。


 高さ20mを超える樹の上に座るシルバーバックのオス(撮影 長尾充徳, 撮影場所 ガボン共和国 ムカラバ・ドゥドゥ国立公園)

 この施設では,屋外運動場全体を高さ8-9mの高さで囲い,巨大なケージとしてその3次元空間全体を利用可能にしている。ゴリラの木登りの能力,ぶら下がりや腕渡りといった樹上空間を移動する能力が見られるようになっている。実際,この新しい施設に引っ越して間もない頃から,体重180kgもあるオスのモモタロウが身軽に天井面まで上り,天井付近に掛けられた草や木の葉を採食する様子が見られた。そうかと思えば,地上5mに渡された幅15cmの梁の上で巨体が昼寝する姿も見られ,彼らの樹上生活者としての姿を展示することに,まずは成功している。
 

 

 屋外運動場では,間もなく3歳になる,2011年12月生まれの男の子ゲンタロウが,天井格子にぶら下がって,天井面を移動しながら草を食べる様子も見ることができる。子どもは大人よりもずっと身軽なので,大人以上に高い空間にいることが多い。

ゴリラの生息域外保全を目指して

 施設など外部環境の方は,正しい知識の理解があれば,予算の問題さえクリアされればすぐにできる。問題は,そこで暮らす動物の方だ。日本には現在わずか25人のゴリラしかない(GAIN 大型類人猿情報ネットワーク調べ;以降の数字もGAINの情報による)。最近5年の間に5例もの出産事例があり,増加傾向にあるのだが,かつては50人以上のゴリラがいたこともある日本では,ゴリラの数を半減させてしまったのだ。しかも半数以上の15人が30歳を超えている。今の日本で子どものゴリラに会える園は上野,東山(名古屋),そして京都の3園しかない。
 京都市動物園は,国内で唯一,国内の動物園生まれのゴリラが子どもを残した動物園である。1970年10月29日に京都市動物園で生まれたマック(男)は,野生由来のヒロミとの間にキョウタロウ(1982年5月15日生まれ,男)とゲンキ(1986年6月24日生まれ,女)を残した。キョウタロウは残念ながら子どもを残せず,11歳で亡くなったが,妹のゲンキは,上野動物園生まれのモモタロウとの間に,2011年12月21日,男の子を産んだ。ゲンタロウと名づけられたこの赤ん坊は,日本の動物園にとって,初めての第4世代であるばかりでなく,国内の動物園生まれのゴリラ同士の間に生まれた初めての子どもでもあった。

 母親のゲンキはゲンタロウをしっかり抱いていたのだが,残念なことに母乳を与えられていないようだった。生後5日目に赤ん坊の衰弱が顕著となり,母親から分離し,人工保育となった。人工保育でゴリラから離れて育ってしまうことは,社会で育つゴリラにとって深刻な問題を起こす恐れがある。そのため,早期に両親の元に戻せるように様々な取組を行い,生後10箇月半で,母親と,その1箇月後に父親とも同居が可能となった。この過程は,長尾ほか(2014,霊長類研究)で報告した。

 2014年6月,米国ジョージア州,アトランタ市で行われた国際ゴリラワークショップ(IGW2014)に参加したが,ヨーロッパでも北米でも,それぞれの地域でゴリラは300~400人の地域個体群として安定的に維持できるようになっているという。現在の問題は,飼育下でゴリラの社会を形成していく上で不可避的に起こるオスの余剰問題の対策や,長期的な健康管理に向けた検診技術の向上やその他のQOL,福祉に関するものだ。日本は欧米に大きく後れを取ってしまっていることを痛感した。しかし,日本のゴリラがこのまま「絶滅」してしまうのを指をくわえて見ているわけにはいかない。国際的に理解を得て,海外からの協力を得る努力を続けていかねばならないし,そのためにもまず足元である国内の動物園でゴリラを正しく飼育し,展示し,繁殖できることを示していかねばならない。動物園の本来の役割を果たすために,今後すべきことは多い。

引用文献

GAIN 大型類人猿情報ネットワーク (2014) <http://www.shigen.nig.ac.jp/gain/top.jsp>
長尾充徳・釜鳴宏枝・山本裕己・高井進・田中正之 (2014) 京都市動物園における人工哺育ニシゴリラ(Gorilla gorilla)乳児の早期群れ復帰事例. 霊長類研究

筆者

 田中 正之(たなか まさゆき)

 1968年生まれ。京都大学大学院理学研究科修士課程(霊長類学専攻)修了。博士(理学)。京都大学霊長類研究所助手,同大学野生動物研究センター准教授を経て,2013年から京都市動物園生き物・学び・研究センター長。京都大学野生動物研究センター特任教授。
主な著書に「生まれ変わる動物園-その新しい役割と楽しみ方-」(2013化学同人),共編著に「Cognitive development in chimpanzees」(2006 Springer),「チンパンジーの認知と行動の発達」(2001 京都大学学術出版会)など。